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『シークレット・レース』

シークレット・レース (小学館文庫)

シークレット・レース (小学館文庫)

 

『シークレット・レース』を読んだ。元プロロードレーサータイラー・ハミルトンが自身の半生とともに、自転車業界に蔓延していたドーピングの実情を語る一冊だ。これを読んで、ドーピングが個人の善悪の問題だけでは語ることのできない問題であることを考えさせられた。懸命に練習をしてプロチームで争えるようになった選手は、多くのトップ選手がドーピングを行っており、ドーピングを行わずに彼らに勝つことができないという現実に直面する。また、EPOや血液ドーピングの検査には限界があり、陽性反応を回避しながら、ドーピングを行なえることを知る。そのような状況で、ドーピングに手を出さずに競技を続けることは極めて困難だ。

ハミルトン自身も、長期間にわたってドーピングを行っていたが、彼がドーピングを行ったのは、倫理観に問題があったからではないだろう。むしろ本書からは彼のアスリートとしての誠実さが感じられる。以下に印象に残った箇所を引用する。

 勝って当然という考えは根本的に間違っている。なぜならスポーツとはそのようなものではないからだ。だからこそ、人々はスポーツを愛する。それは予測不可能で、驚きに満ち、人間らしさをむきだしにするものだ。僕がこの世界に足を踏み入れたのも、そんなスポーツの不確実な要素に何より惹かれたからだ。(265頁)

レースは不確実だから面白いという考えには共感できる。不確実だからこそ、選手は最善を尽くし、観客は熱狂する。

減量は、ツールの準備をするうえで、もっとも軽視されがちな要素だ。それは簡単に聞こえる。体重を減らせ。食べるな。だけど実際、それは戦争のように苛酷だ。特に、悪魔のようにトレーニングしていて、身体のすべての細胞が栄養を求めて叫んでいるときには。僕はこれまで、ドーピングについて考えるより、減量について考えることにはるかに多くの時間を費やしてきた。あらゆる食事、あらゆる一口に、葛藤がつきまとった。(331頁)

減量の重要性とその難しさについては繰り返し述べられている。自転車ロードレーサーも、マラソンランナーと同様に、体重の軽さが記録に直結するようだ。たしかにトップクラスのロードレーサーの手足は驚くほど細い。

また本書では、ランス・アームストロングのドーピング問題が中心的なテーマとして語られる。アームストロングは長い間ドーピングを否定し続けていたが、2012年にはツールドフランス7連覇を含む記録抹消を受け入れ、2013年にはドーピングを自白している。彼の記録抹消は、ドーピング問題における象徴的な出来事だ。今後、ドーピングが根絶される方向に向かい、より公平で熱いレースが見られることを期待したい。